ああ、やっぱり浦井を導入するのではなかった...。品位が下がるどころか、浦井自身の知性と教養のなさを、天下に知らしめてしまった...。
ところで、熊の話題がずいぶん出てますが、やっぱり山に食べ物がないんですってね。高橋さんの奥さんは熊が殺されるたびに、悲憤慷慨してるらしい。
昨日の長電話で、「マクドナルドのハンバーガーなんか、廃棄いっぱい出るんだし、台風で駄目になったリンゴもあるんだから、ヘリコプターで山に撒けば良いのに」と半分冗談、半分以上本気で言ったら、高橋さんに「うちの奥さんも、同じ事言ってた」と言われてしまいました。でも、猛暑と台風、山の開発、天災と人災が熊を追いつめてるんですから、なにか手を打った方が良いですよね。
しかし、問題は熊よりも浦井だ、あのアホをなんとかせねば。往復書簡が、下品の園になってしまう...。
崇への手紙
元気か崇、今年は食べ物がなくて困ってるだろう。いや、いつも食うには困ってるだろうが、人だけは襲うなよ。亜紀ちゃんはどうじゃ、大切にしとるか。叔父さんはお前らの事が心配でしょうがないんじゃ。亜紀ちゃんはホンマにお前には過ぎた娘じゃ、可愛がったれよ。プロレス技をかけたり、散髪したると言って丸坊主にしたり、2万円もするプロレス観に行って、文無しで何日も飯食えんようにしたらいかんぞ。あの子だけじゃぞ、お前を好いてくれるのは。ほんにうらやましい...。
崇、わしはお前がうらやましいぞ。亜紀ちゃんの事だけじゃない、お前が小さい頃、死んだおばあちゃんが、お前によう玩具買うてくれたじゃろ。歴代のライダーベルト、七個も買うてもろうて、近所の子供らと7人ライダーになって裏山に登って、疲れたし、腹減ったし、重いからゆうてベルト全部池に投げ込んで帰って来たちゅう事もあった。アホかお前、おばあちゃんが乏しい年金で買うてくれた玩具を粗末にしおって。
叔父ちゃんもお前を連れて、中野にまんが映画見に行ったり、『アステカイザー』のビデオを見せたりもした。お前はみんなに可愛がってもろうたんじゃぞ。オジキオジキゆうてお前もわしになついとったが...。しばらく会わんうちに、お前変わったなあ。昔はそんなケダモノみたいな子ではなかったに...。
崇、いや、たー坊。昔みたいに、こう呼ばせてもらうぞ。わしが小さい頃、玩具なんぞ買うてもらえんかった。ライダーベルト、わしも欲しかったが金がなかったから、自分で作ったもんじゃ。ボール紙をハサミで切って、セロテープ貼って、手作りの風ぐるまを腹に巻いとったんじゃ。恥ずかしくてのう。近所の友達がおらん時を見計らって、自転車に乗って変身の練習したんじゃ。
「ヘンシン!」ゆうて腹に力入れたら、紙で作ったベルトじゃからブチッとちぎれて、水たまりに落ちてぐちゃぐちゃになったりもした。それを思えばお前...。
先日の手紙で「知識レベルが低い事を...」とお前書いとったが、わしはそんな事言うとらん。わしは「知的レベル」ちゅうたんじゃ。
ええか、よう聞けよ、「知的レベルが低いちゅう事が分かるように...」ちゅうのはな、お前らしくせえちゅうことじゃ。無理する事はない、お前に知性はないんじゃから、そのまんま、素のお前を出せばええちゅうことじゃ。女の子でもそうじゃ「お化粧なんかすることない、素顔の君が一番だよ」ゆうじゃろが。お前はそのままがええ、飾る事はない。男は裸で勝負なんじゃ。
それを、お前、知識なんぞいらんだの「賢者の選択」だの、自分で墓穴掘っとるがな。「けんじゃのせんたく」とはなんじゃ? 風呂の残り湯で洗濯する事かい?! なっさけない...。
たー坊、知りもせん小説の事を書くから、そんな恥をかくんじゃ。知性ないもんが背伸びしたバチが当たったんじゃ。 結局お前、知識も知性も両方ない事がばれてもうたやんけ。なっっさけない!
それとな、わしが買うたのはパソコンではない。あれはコンピューターちゅうもんじゃ。UFOは空飛ぶ円盤、デジカメは電子スチルカメラ、インターネットはキャプテンシステム、これが正しい日本語じゃ。 しかし、お前に日本語を教えても無理かもしれんのう...。
たー坊、よう聞けよ、お前自分でおかしいと思わんか。
なんでお前身長3メートルもあるんじゃ。体重500キロもあるのはおかしいじゃろ。どうしてそんなに毛深いんじゃ。毎日毎日、なんで体中を亜紀ちゃんに剃ってもらわんといかんのじゃ。お前ハチミツ好きじゃろ。木登りも得意じゃった...。
何よりもおまえ、人には絶対見せるなと、お前の父ちゃん母ちゃんからも言われとったが、なんで尻尾があるんじゃ。おかしいと思わんか?
わしもこれまで黙っていたが、もう言わずばならん。その時が来たんじゃ。
昔々、わしと、新婚ホヤホヤの姉と(つまり、おまえの母親じゃな)義兄、三人でハイキングにいったんじゃ。行き先は美嚢の山じゃった。
しかし、突然凶暴な猿どもに襲われ、食料を奪われ、滝の裏にある洞穴にわしらは逃げ込んだんじゃ。腹は減るわ、さぶいわ、恐ろしいわで、わしらはもう死を覚悟しとった。おまえの母さんは猿に受けた傷で瀕死の状態じゃった。
なにしろ美嚢の猿は、身長2メートルを超すのがゴロゴロおるし、みんなクンフーの使い手じゃからのう。わしも、姉さんも、義兄さん(もちろんお前の父さんじゃ)も、極真カラテの有段者じゃったが、とてもかなわんかった。
姉さんの顔色がどんどん蝋細工のようになっていき、わしらは命がけで猿の包囲網を突破するか、このままここで犬死に(猿に殺されて、犬死にとは、こりゃ愉快じゃ、ケケケッ)するかの選択を迫られたんじゃ。わしは打って出ようと言うた。猿どもに馬鹿にされたまま、こんなところでミイラにはなりとうなかったんじゃ。しかしお前の父さんは、最後まで救助を待とうと主張した。意見が分かれて、沈黙が続いた。夜も更けて、わしらの体は氷のようになって来た。もう限界じゃった。
「義兄さん、姉さん、わしがオトリになる、その隙に逃げてくれ」わしがそう言うたとき、姉さんが震える声でこう言うた「ここになんか書いてある...」光り苔の青白光で、洞穴の壁に彫られたそれは、かすかに読めた。「こ、これは!」誰がそんなものを、こんな所に彫り込んだのか。わしと義兄さんは息もできんような恐怖に襲われた。しかし、ああ、なんと姉さんはそれを読んでしまったんじゃ!
「XXXXXX」それは、山で決して口にしてはならん言葉じゃった。わしも、義兄も、どんなに追いつめられても、それだけは口にはできん。そう思ってた言葉を、姉さんは口にしてしまったんじゃ。 そもそも、その言葉は神降ろしの時だけ使われる祝詞の一節で、家の跡取りのみに伝えられる山神の名前じゃったんじゃ。わしも、義兄も長男じゃったから、それは知っておった。しかし、姉は知らなかったんじゃ。大変な事になった。これを唱えると、里に災いが起きる。それを防ぐには、生け贄を差し出さねばならんと言い伝えられておった。この科学時代に、アポロ11号が月に行こうという時代に、そんな事信じられんと言う気持ちと、先祖代々伝えられて来た血の中にある、言いしれぬ不安と恐怖に、卒倒しそうになった、その時。
滝の外で、猿どもの悲鳴が響き渡った。数十匹の猿が、威嚇と、恐怖の声を発し、なにか、巨大なものが猿どもをなぎ倒しているような物音だった。わしらは三人抱き合って、息を殺しておった。
騒ぎはあっという間に収まり、沈黙が訪れた。いや、本当は数分、数十分だったかもしれん。恐る恐る、わしが表を覗いてみると月の光に照らされて、数十匹の猿どもが、血みどろで倒れておった。首を引き抜かれたり、手足をばらばらにされたり、それはもう惨いとしか言いようのない惨状じゃった。しかし、猿どもを皆殺しにした張本人はどこにもおらん。わしは狐につままれたような気分じゃった。
「義兄さん、わしらは助かったようじゃ...」わしが振り返って、そう言ったとき、暗闇の中、姉を抱いた義兄のそばに、もうひとつ、巨大な影が立っておった。ものすごい悪臭と、獣のような息づかい。顔は見えん。真っ黒い毛皮で全身を包み、胸の当たりには、某運動用品会社のマークみたいのがついとった。身長は...そう、今のお前くらいあるじゃろう。姉夫婦は抱き合ったまま惚けたようになっとった。
そいつは義兄から姉を引き離し、クンクンと匂いをかぐと、まるで人形でも抱くかのように姉を小脇に抱えて、洞穴の奥へと歩いていった。「......」わしは声も出せず、体も動かせず、その場に立ちすくんでいた。暗闇の中、視界から消えようとするそれに、抱きかかえられた姉が顔を上げ、わしの方を見た。姉は笑っていた。
気がついたときわしと義兄は、捜索隊に囲まれ、病院に搬送される途中だった。「姉は、姉はどうなりました...」わしの質問に捜索隊の人は、姉はまだ見つかってないと答えた、その言葉を聞くなり、わしはまた暗闇に引きずり込まれるように気を失ってしもうた...。
わしが目を覚ましたのは、一週間もたってからじゃった。義兄もすでに元気になっており、姉はまだ病院にいるという事じゃった。姉は、わしらが助けられた二日後に、山一つ越した村の、神社の御神木の枝にすっ裸で引っかかっていたという。
殺された美嚢の猿軍団は百匹をかぞえ、その中には母猿に抱きついて、目を開けたまま死んでいた小猿もいたという。ショック死、と村の獣医は言ったが、小猿はなにを見たのか、我々を助け、猿どもを惨殺した、あれは、いったいなんだったのか。
「美嚢の滝で、猿大量死」と新聞は報じたが、これは世にも珍しい、猿の群れ同士の全滅抗争で、原因は食料不足、と全く説得力のない文面だった。
姉は、その後しばらくはでくの坊のようになり、ぼうっと中空に視線をむけ、時々「XXXXXX」と口の中でつぶやいていたが、その度に、医者や看護婦は青ざめ、誰もそれを聞かぬふりをしていた。そして、姉がそれをつぶやいた夜には、姿は見えぬものの、なにかが病院内を歩き回り、姉の病室では、姉の歓喜の声(もはや人の声とは思えなかった)が響き渡り。売店や、食堂の冷蔵庫が荒らされ、朝には泥だらけの巨大な足跡と、耐えられないほどの、獣臭が病院中に充満していた。結果、姉はまだ正常とはいえぬまま実家に送り返された。
十ヶ月後、姉は出産した。大きな大きな男の子じゃった。体中に剛毛が生え、生まれた時から牙が生え尻尾があった。胸には、やはり某運動用品会社のマークがあった...。
本来、このような事があったら、当然離婚となるべきものだが、義兄は立派な男で、そんな姉をかばい、実家を出て親子三人きりで睦まじく暮らしておった。姉はほどなく正気を取り戻し、あの言葉も口にしなくなった。いや、すでに記憶にもなかったのかもしれん。
わしは何となく、姉夫婦に会うのが恐ろしく、しばらくは疎遠にしておったが、どうも気になり、時々様子を見に行くようになった。母(お前のおばあちゃんじゃ)も、最初は気味悪がっていたようだが、やはり初孫ということもあり、次第に菓子や玩具やハチミツを持って姉夫婦の家を訪れるようになっていた。しかし、父(お前のお祖父ちゃん)だけは、決して姉を許そうとはせず、ついにお前に一度も会う事なく、あの世に行ってしもうた。
あの時の、あれはなんだったのか。結局我々には何も分からず、今では夢だったかと思う事もある。しかし、あれは本当にあった事じゃ。そして、あれを呼ぶと、災いが起こるという言い伝え。姉は、自分の身を捧げることで、もしかすると生け贄となったのかもしれぬ。義兄が姉と、生涯を共にする決断をしたのは、その事への贖罪と、感謝の気持ちからだったかもしれぬ。もし、あの時、姉が犠牲にならなければ、我々二人も、あの猿どもと同じ運命を辿っておっただろうから。
これで、わしの話は終わりじゃ。お前は、美嚢の山にすむ、XXXXXXの種から生まれた、人外なのじゃ。お前が、無事高校を卒業したとき、わしらはどんなに嬉しかったか。お前が吉本のNSCに入って、漫才の新人賞を取った時、わしらは夢かと思うた。お前のようなXXが、一人前の芸人として、世の人々に迎えられた。わしは嬉しゅうて嬉しゅうて...。
しかし、お前は生来の乱暴者、むら気で、調子者で、知性も、知識もない。
新喜劇の録画本番中に、先輩とかくれんぼして、トイレに隠れた先輩に消火器ぶっ放して、舞台まで白煙が立ちこめ、録画が中止になり、300万円もの損害を出したり、からんで来た酔っぱらいにプロレス技をかけて重傷を負わせたり、女の子をネプ投げで投げ飛ばしてマンションぶっ壊したり、借り物のベンツにレギュラー入れて動かんようにしたり...。そんなお前に、なんでみんなが優しくしてくれたり、つきあってくれると思うてるんじゃ。みんなお前が恐、いや、好きなんじゃ。お前はアホでマヌケでバカタレで、どうしょうもないけだも、いや、人間じゃ。それでも、みんなお前がおそろ、好きなんじゃ。ほんまやで。
たー坊、悪い事は言わん。もう美嚢の山へ還れ。
あそこがお前の故郷じゃ。女は男のふるさとじゃが、お前のふるさとは美嚢の山の、滝壷の穴の中じゃ。わしらがあそこに逃げ込んだ時、食い散らかした、栗やら、柿やら、ウサギや、猿の死骸が、地面に散らばっておった。あそこが、恐らくおまえの父親が住んどったとこなんじゃ。あの洞穴と、滝壺が、お前の家なんじゃ。お前は美嚢の生き神様じゃ。お前は下界におってはいかんものなんじゃ。もう還れ。これ以上、里に住んではいかん。周りのみんなだけでなく、おまえ自身が不幸になる。叔父ちゃんは、それを見とれんのじゃ。分かってくれ。
しかし、可愛そうなんは亜紀ちゃんじゃ、あの子はホンマにお前を好いとる。わしには分からんが、どこかお前にもええとこがあるんじゃろう。まあ、あの娘も変わっておるからのう。『アパッチ野球軍』のファンだったり、『猫目小僧』の劇メーションにはまったり、どこか普通ではない。奇麗な娘じゃが、どこかこの世の者でない雰囲気も漂っておる。もしかしたらお似合いかもしれん。
さあ、もう行け、たまにはわしも、お前の好きなお好み焼きや、プロレスのビデオを持って、遊びにいったる。寂しかったら、小寺のおじちゃんを滝壺に放り込んで、生け贄にしてやる。プロレスの話を滝壺の中ですればええ。ええな、もうええな、そんなに泣くな。なに、K-1が見れん? CSのアンテナ、美嚢の山のてっぺんにつけたるから。ほれほれ、ビデオデッキとテレビと冷蔵庫をかついで。ジャガイモとタマネギ持って。米の袋もかつぐか。まだアヒルのランプ持てるじゃろう。お前が中学生の時買った、宝物じゃ。よしよし、泣くな、おじちゃんも泣けて来る。うれ、いや、悲しゅうて、寂しゅうて、よお言う事聞く気になったな。よしよし、『出発』のビデオ持ったか、今のお前そのまんまの題名じゃ。それ、『黒薔薇昇天』熊...じゃないわ神代辰巳の映画も好きじゃろ、忘れんなよ。さあ、亜紀ちゃんを肩に乗せて、さあ行け、もう帰ってくんなよ、元気でな、悪さするなよ、高橋のおじちゃんが、猟友会連れてお前撃ちにいくぞ。気をつけてな。バイバイ。ああ、まだ手を振っとる、こうなってみると、ちょっと寂しいなあ...。じゃあなあ?っ、腹こわすなよ?っ...。
やれやれ、やっと追い払いました。
ところで、熊の話題がずいぶん出てますが、やっぱり山に食べ物がないんですってね。高橋さんの奥さんは熊が殺されるたびに、悲憤慷慨してるらしい。
昨日の長電話で、「マクドナルドのハンバーガーなんか、廃棄いっぱい出るんだし、台風で駄目になったリンゴもあるんだから、ヘリコプターで山に撒けば良いのに」と半分冗談、半分以上本気で言ったら、高橋さんに「うちの奥さんも、同じ事言ってた」と言われてしまいました。でも、猛暑と台風、山の開発、天災と人災が熊を追いつめてるんですから、なにか手を打った方が良いですよね。
しかし、問題は熊よりも浦井だ、あのアホをなんとかせねば。往復書簡が、下品の園になってしまう...。
崇への手紙
元気か崇、今年は食べ物がなくて困ってるだろう。いや、いつも食うには困ってるだろうが、人だけは襲うなよ。亜紀ちゃんはどうじゃ、大切にしとるか。叔父さんはお前らの事が心配でしょうがないんじゃ。亜紀ちゃんはホンマにお前には過ぎた娘じゃ、可愛がったれよ。プロレス技をかけたり、散髪したると言って丸坊主にしたり、2万円もするプロレス観に行って、文無しで何日も飯食えんようにしたらいかんぞ。あの子だけじゃぞ、お前を好いてくれるのは。ほんにうらやましい...。
崇、わしはお前がうらやましいぞ。亜紀ちゃんの事だけじゃない、お前が小さい頃、死んだおばあちゃんが、お前によう玩具買うてくれたじゃろ。歴代のライダーベルト、七個も買うてもろうて、近所の子供らと7人ライダーになって裏山に登って、疲れたし、腹減ったし、重いからゆうてベルト全部池に投げ込んで帰って来たちゅう事もあった。アホかお前、おばあちゃんが乏しい年金で買うてくれた玩具を粗末にしおって。
叔父ちゃんもお前を連れて、中野にまんが映画見に行ったり、『アステカイザー』のビデオを見せたりもした。お前はみんなに可愛がってもろうたんじゃぞ。オジキオジキゆうてお前もわしになついとったが...。しばらく会わんうちに、お前変わったなあ。昔はそんなケダモノみたいな子ではなかったに...。
崇、いや、たー坊。昔みたいに、こう呼ばせてもらうぞ。わしが小さい頃、玩具なんぞ買うてもらえんかった。ライダーベルト、わしも欲しかったが金がなかったから、自分で作ったもんじゃ。ボール紙をハサミで切って、セロテープ貼って、手作りの風ぐるまを腹に巻いとったんじゃ。恥ずかしくてのう。近所の友達がおらん時を見計らって、自転車に乗って変身の練習したんじゃ。
「ヘンシン!」ゆうて腹に力入れたら、紙で作ったベルトじゃからブチッとちぎれて、水たまりに落ちてぐちゃぐちゃになったりもした。それを思えばお前...。
先日の手紙で「知識レベルが低い事を...」とお前書いとったが、わしはそんな事言うとらん。わしは「知的レベル」ちゅうたんじゃ。
ええか、よう聞けよ、「知的レベルが低いちゅう事が分かるように...」ちゅうのはな、お前らしくせえちゅうことじゃ。無理する事はない、お前に知性はないんじゃから、そのまんま、素のお前を出せばええちゅうことじゃ。女の子でもそうじゃ「お化粧なんかすることない、素顔の君が一番だよ」ゆうじゃろが。お前はそのままがええ、飾る事はない。男は裸で勝負なんじゃ。
それを、お前、知識なんぞいらんだの「賢者の選択」だの、自分で墓穴掘っとるがな。「けんじゃのせんたく」とはなんじゃ? 風呂の残り湯で洗濯する事かい?! なっさけない...。
たー坊、知りもせん小説の事を書くから、そんな恥をかくんじゃ。知性ないもんが背伸びしたバチが当たったんじゃ。 結局お前、知識も知性も両方ない事がばれてもうたやんけ。なっっさけない!
それとな、わしが買うたのはパソコンではない。あれはコンピューターちゅうもんじゃ。UFOは空飛ぶ円盤、デジカメは電子スチルカメラ、インターネットはキャプテンシステム、これが正しい日本語じゃ。 しかし、お前に日本語を教えても無理かもしれんのう...。
たー坊、よう聞けよ、お前自分でおかしいと思わんか。
なんでお前身長3メートルもあるんじゃ。体重500キロもあるのはおかしいじゃろ。どうしてそんなに毛深いんじゃ。毎日毎日、なんで体中を亜紀ちゃんに剃ってもらわんといかんのじゃ。お前ハチミツ好きじゃろ。木登りも得意じゃった...。
何よりもおまえ、人には絶対見せるなと、お前の父ちゃん母ちゃんからも言われとったが、なんで尻尾があるんじゃ。おかしいと思わんか?
わしもこれまで黙っていたが、もう言わずばならん。その時が来たんじゃ。
昔々、わしと、新婚ホヤホヤの姉と(つまり、おまえの母親じゃな)義兄、三人でハイキングにいったんじゃ。行き先は美嚢の山じゃった。
しかし、突然凶暴な猿どもに襲われ、食料を奪われ、滝の裏にある洞穴にわしらは逃げ込んだんじゃ。腹は減るわ、さぶいわ、恐ろしいわで、わしらはもう死を覚悟しとった。おまえの母さんは猿に受けた傷で瀕死の状態じゃった。
なにしろ美嚢の猿は、身長2メートルを超すのがゴロゴロおるし、みんなクンフーの使い手じゃからのう。わしも、姉さんも、義兄さん(もちろんお前の父さんじゃ)も、極真カラテの有段者じゃったが、とてもかなわんかった。
姉さんの顔色がどんどん蝋細工のようになっていき、わしらは命がけで猿の包囲網を突破するか、このままここで犬死に(猿に殺されて、犬死にとは、こりゃ愉快じゃ、ケケケッ)するかの選択を迫られたんじゃ。わしは打って出ようと言うた。猿どもに馬鹿にされたまま、こんなところでミイラにはなりとうなかったんじゃ。しかしお前の父さんは、最後まで救助を待とうと主張した。意見が分かれて、沈黙が続いた。夜も更けて、わしらの体は氷のようになって来た。もう限界じゃった。
「義兄さん、姉さん、わしがオトリになる、その隙に逃げてくれ」わしがそう言うたとき、姉さんが震える声でこう言うた「ここになんか書いてある...」光り苔の青白光で、洞穴の壁に彫られたそれは、かすかに読めた。「こ、これは!」誰がそんなものを、こんな所に彫り込んだのか。わしと義兄さんは息もできんような恐怖に襲われた。しかし、ああ、なんと姉さんはそれを読んでしまったんじゃ!
「XXXXXX」それは、山で決して口にしてはならん言葉じゃった。わしも、義兄も、どんなに追いつめられても、それだけは口にはできん。そう思ってた言葉を、姉さんは口にしてしまったんじゃ。 そもそも、その言葉は神降ろしの時だけ使われる祝詞の一節で、家の跡取りのみに伝えられる山神の名前じゃったんじゃ。わしも、義兄も長男じゃったから、それは知っておった。しかし、姉は知らなかったんじゃ。大変な事になった。これを唱えると、里に災いが起きる。それを防ぐには、生け贄を差し出さねばならんと言い伝えられておった。この科学時代に、アポロ11号が月に行こうという時代に、そんな事信じられんと言う気持ちと、先祖代々伝えられて来た血の中にある、言いしれぬ不安と恐怖に、卒倒しそうになった、その時。
滝の外で、猿どもの悲鳴が響き渡った。数十匹の猿が、威嚇と、恐怖の声を発し、なにか、巨大なものが猿どもをなぎ倒しているような物音だった。わしらは三人抱き合って、息を殺しておった。
騒ぎはあっという間に収まり、沈黙が訪れた。いや、本当は数分、数十分だったかもしれん。恐る恐る、わしが表を覗いてみると月の光に照らされて、数十匹の猿どもが、血みどろで倒れておった。首を引き抜かれたり、手足をばらばらにされたり、それはもう惨いとしか言いようのない惨状じゃった。しかし、猿どもを皆殺しにした張本人はどこにもおらん。わしは狐につままれたような気分じゃった。
「義兄さん、わしらは助かったようじゃ...」わしが振り返って、そう言ったとき、暗闇の中、姉を抱いた義兄のそばに、もうひとつ、巨大な影が立っておった。ものすごい悪臭と、獣のような息づかい。顔は見えん。真っ黒い毛皮で全身を包み、胸の当たりには、某運動用品会社のマークみたいのがついとった。身長は...そう、今のお前くらいあるじゃろう。姉夫婦は抱き合ったまま惚けたようになっとった。
そいつは義兄から姉を引き離し、クンクンと匂いをかぐと、まるで人形でも抱くかのように姉を小脇に抱えて、洞穴の奥へと歩いていった。「......」わしは声も出せず、体も動かせず、その場に立ちすくんでいた。暗闇の中、視界から消えようとするそれに、抱きかかえられた姉が顔を上げ、わしの方を見た。姉は笑っていた。
気がついたときわしと義兄は、捜索隊に囲まれ、病院に搬送される途中だった。「姉は、姉はどうなりました...」わしの質問に捜索隊の人は、姉はまだ見つかってないと答えた、その言葉を聞くなり、わしはまた暗闇に引きずり込まれるように気を失ってしもうた...。
わしが目を覚ましたのは、一週間もたってからじゃった。義兄もすでに元気になっており、姉はまだ病院にいるという事じゃった。姉は、わしらが助けられた二日後に、山一つ越した村の、神社の御神木の枝にすっ裸で引っかかっていたという。
殺された美嚢の猿軍団は百匹をかぞえ、その中には母猿に抱きついて、目を開けたまま死んでいた小猿もいたという。ショック死、と村の獣医は言ったが、小猿はなにを見たのか、我々を助け、猿どもを惨殺した、あれは、いったいなんだったのか。
「美嚢の滝で、猿大量死」と新聞は報じたが、これは世にも珍しい、猿の群れ同士の全滅抗争で、原因は食料不足、と全く説得力のない文面だった。
姉は、その後しばらくはでくの坊のようになり、ぼうっと中空に視線をむけ、時々「XXXXXX」と口の中でつぶやいていたが、その度に、医者や看護婦は青ざめ、誰もそれを聞かぬふりをしていた。そして、姉がそれをつぶやいた夜には、姿は見えぬものの、なにかが病院内を歩き回り、姉の病室では、姉の歓喜の声(もはや人の声とは思えなかった)が響き渡り。売店や、食堂の冷蔵庫が荒らされ、朝には泥だらけの巨大な足跡と、耐えられないほどの、獣臭が病院中に充満していた。結果、姉はまだ正常とはいえぬまま実家に送り返された。
十ヶ月後、姉は出産した。大きな大きな男の子じゃった。体中に剛毛が生え、生まれた時から牙が生え尻尾があった。胸には、やはり某運動用品会社のマークがあった...。
本来、このような事があったら、当然離婚となるべきものだが、義兄は立派な男で、そんな姉をかばい、実家を出て親子三人きりで睦まじく暮らしておった。姉はほどなく正気を取り戻し、あの言葉も口にしなくなった。いや、すでに記憶にもなかったのかもしれん。
わしは何となく、姉夫婦に会うのが恐ろしく、しばらくは疎遠にしておったが、どうも気になり、時々様子を見に行くようになった。母(お前のおばあちゃんじゃ)も、最初は気味悪がっていたようだが、やはり初孫ということもあり、次第に菓子や玩具やハチミツを持って姉夫婦の家を訪れるようになっていた。しかし、父(お前のお祖父ちゃん)だけは、決して姉を許そうとはせず、ついにお前に一度も会う事なく、あの世に行ってしもうた。
あの時の、あれはなんだったのか。結局我々には何も分からず、今では夢だったかと思う事もある。しかし、あれは本当にあった事じゃ。そして、あれを呼ぶと、災いが起こるという言い伝え。姉は、自分の身を捧げることで、もしかすると生け贄となったのかもしれぬ。義兄が姉と、生涯を共にする決断をしたのは、その事への贖罪と、感謝の気持ちからだったかもしれぬ。もし、あの時、姉が犠牲にならなければ、我々二人も、あの猿どもと同じ運命を辿っておっただろうから。
これで、わしの話は終わりじゃ。お前は、美嚢の山にすむ、XXXXXXの種から生まれた、人外なのじゃ。お前が、無事高校を卒業したとき、わしらはどんなに嬉しかったか。お前が吉本のNSCに入って、漫才の新人賞を取った時、わしらは夢かと思うた。お前のようなXXが、一人前の芸人として、世の人々に迎えられた。わしは嬉しゅうて嬉しゅうて...。
しかし、お前は生来の乱暴者、むら気で、調子者で、知性も、知識もない。
新喜劇の録画本番中に、先輩とかくれんぼして、トイレに隠れた先輩に消火器ぶっ放して、舞台まで白煙が立ちこめ、録画が中止になり、300万円もの損害を出したり、からんで来た酔っぱらいにプロレス技をかけて重傷を負わせたり、女の子をネプ投げで投げ飛ばしてマンションぶっ壊したり、借り物のベンツにレギュラー入れて動かんようにしたり...。そんなお前に、なんでみんなが優しくしてくれたり、つきあってくれると思うてるんじゃ。みんなお前が恐、いや、好きなんじゃ。お前はアホでマヌケでバカタレで、どうしょうもないけだも、いや、人間じゃ。それでも、みんなお前がおそろ、好きなんじゃ。ほんまやで。
たー坊、悪い事は言わん。もう美嚢の山へ還れ。
あそこがお前の故郷じゃ。女は男のふるさとじゃが、お前のふるさとは美嚢の山の、滝壷の穴の中じゃ。わしらがあそこに逃げ込んだ時、食い散らかした、栗やら、柿やら、ウサギや、猿の死骸が、地面に散らばっておった。あそこが、恐らくおまえの父親が住んどったとこなんじゃ。あの洞穴と、滝壺が、お前の家なんじゃ。お前は美嚢の生き神様じゃ。お前は下界におってはいかんものなんじゃ。もう還れ。これ以上、里に住んではいかん。周りのみんなだけでなく、おまえ自身が不幸になる。叔父ちゃんは、それを見とれんのじゃ。分かってくれ。
しかし、可愛そうなんは亜紀ちゃんじゃ、あの子はホンマにお前を好いとる。わしには分からんが、どこかお前にもええとこがあるんじゃろう。まあ、あの娘も変わっておるからのう。『アパッチ野球軍』のファンだったり、『猫目小僧』の劇メーションにはまったり、どこか普通ではない。奇麗な娘じゃが、どこかこの世の者でない雰囲気も漂っておる。もしかしたらお似合いかもしれん。
さあ、もう行け、たまにはわしも、お前の好きなお好み焼きや、プロレスのビデオを持って、遊びにいったる。寂しかったら、小寺のおじちゃんを滝壺に放り込んで、生け贄にしてやる。プロレスの話を滝壺の中ですればええ。ええな、もうええな、そんなに泣くな。なに、K-1が見れん? CSのアンテナ、美嚢の山のてっぺんにつけたるから。ほれほれ、ビデオデッキとテレビと冷蔵庫をかついで。ジャガイモとタマネギ持って。米の袋もかつぐか。まだアヒルのランプ持てるじゃろう。お前が中学生の時買った、宝物じゃ。よしよし、泣くな、おじちゃんも泣けて来る。うれ、いや、悲しゅうて、寂しゅうて、よお言う事聞く気になったな。よしよし、『出発』のビデオ持ったか、今のお前そのまんまの題名じゃ。それ、『黒薔薇昇天』熊...じゃないわ神代辰巳の映画も好きじゃろ、忘れんなよ。さあ、亜紀ちゃんを肩に乗せて、さあ行け、もう帰ってくんなよ、元気でな、悪さするなよ、高橋のおじちゃんが、猟友会連れてお前撃ちにいくぞ。気をつけてな。バイバイ。ああ、まだ手を振っとる、こうなってみると、ちょっと寂しいなあ...。じゃあなあ?っ、腹こわすなよ?っ...。
やれやれ、やっと追い払いました。