15.またもや犯罪地獄_ソドムの市早わかり2_映画: 高橋洋の『ソドムの市』 | CineBunch

15.またもや犯罪地獄

特捜課長
ニードルガン
ウォルフ

 ここでも実は重要な認識が語られているのだ。それはつまり、警察に犯罪が露見し、証拠を握られた場合、どうすればいいかということで、証拠ごと警察を爆破すればいいのである。こういうことを言ったのもマブゼであり、警察爆破シーンはマブゼ物の定番だ。マブゼ自身が一つの国家なのであり、対国家との交戦状態にある以上、それは当然のことなのだ‥‥。

特捜課長

 特捜課長役を最初にオファーしたのはアテネフランセの松本正道氏だった。というか、彼で撮るというアイデアから、アテネ・フランセが無理やり警察署ということになり、テレーズが映写を見つめている謎の場面も生まれ、あの眼鏡に閃光が走るはずだったのだ。松本さんはしきりに「いやあ、僕はシナリオに書いてある通りに台詞が絶対言えないんですよねえ」と緊張気味だったが、もちろんそういうことは判っているのであり、この予定されたこととは絶対違うことをやってしまう松本さんをこそ私は撮ろうとしていた。そして、いよいよ撮影の日の朝、松本さんはアテネに向かう途中、発作を起こして倒れ、救急車で運ばれた‥‥。幸い、大事ではなく、その日のうちには体調を回復したが、何というか‥‥、「才能」としか言いようがない。確かに予定とは違うことが起こった。しかし、まさかここまで凄いとは‥‥。もっとも我々はまるで動じないのだった。この映画は何とでもなるという信念で撮られていたのだ。一瞬、病院で撮影しようかとも考えたが、そもそも移動の時間もなく、透明の松本さんとテレーズが会話するという奇手も浮かんだが、さすがにわけが判らず、美術応援で来てくれた大門君が何となくキャリア官僚に見えるという妄想のまま、彼に制服を着て貰った。本当は大門君ならではのキャラクターからもう一度課長役を練り上げるべきだったのだが、彼のキャラクターから浮かぶのは、ずっと黙っているけどいきなりその辺の人を警棒で殴る男、だったので、ちょっと無理があった。大門君には無理をお願いしてしまって申し訳ない。


 しかし、私の中の幻視には、今も、アテネの廊下を担架で運ばれてゆく松本さんの姿が浮かんでくる。もしそんなショットが撮れたら、絶対に使ったに違いない。まるでジャッキー・チェン映画のNG集みたいだが‥‥。


 巡査役は美術の山本直輝だ。彼は警官マニアであり、制服はすべて彼の自前だ。彼には『流しの警官』という私設警官物のシリーズがある。


ニードルガン

 盲人が襲ってくるのだから、やっぱり武器は針である。ニードルガンを設計したのはたぶん近藤だ。彼にはそういう技術者の雰囲気がある。彼が初めてニードルガンを撃つ場面は、『暗殺のオペラにこんな画があったなという気にさせた。実際に作ったのは美術の山本で、参考にして貰ったのは『マブゼの千の眼』に出てくるニードルガンだ。飛来するニードルはアクリル版に貼り付けた大型ニードルをキャメラ前に固定してビュン!とブン回すという原始的特撮である。


 色々な人がニードルガンの犠牲になるが、最初に襲われるのは美学校事務局の羽田紀子。撃たれた瞬間に手が痙攣する細かい芝居をしている。さすがとしか言いようがない。小学生役はプロデューサーの大野敦子。小学生の格好をさせて街をグルグル歩いたが、本当に小学生にしか見えなかった。


 ここで無理やり、ソドムの盲目の内実が明らかにされる。何故かそうしたくなったのだ。原典は山岸涼子の『白眼子』だ。読んで貰えば判る。あれは重要な作品だ‥‥。


ウォルフ

 この映画に登場する唯一の白人がウォルフだ。何か凄く贅沢な感じがする‥‥。やはり催眠下の瞳を最も恐ろしく表現できるのは碧眼ではないか‥‥。名前はゲルマンっぽいが、演じたのはフランスから映画美学校に来たラムロ・シャルルである。日本語ペラペラ、書く方もスラスラ、しかもソドム自身が「オー、ヤング!」と言ってるように、もの凄く若い。どうしてこの若さでこれほど日本語が堪能になり、小沼勝上映会を開くほどの日本映画フリークとなったのか、まったく理解を絶する。こういう映画をいったいどう思っているのか‥‥。いや、いともあっさり理解しているようだから怖い。世界市場はまったく意識してなかった『ソドム』だが、映画祭だけが世界ではない。世界の懐は深いのだ‥‥。

 渋谷教授が最後の望みを託すのは新谷尚之が作った鳩だった。しかも自分で首を回して‥‥。鳩製作の苦労は新谷本人にいずれ語って貰おう。とにかく鳩の資料を求めて、彼は図書館という図書館を探して回り、いかに人々の関心が鳩から離れているかに愕然としたという。昔はごく当たり前に飼われていたものだが、伝書鳩用の足につける容器の形状すら、調べるのが大変だったのだ。


 ちなみに鳩の鳴き声も新谷である。録音技師の小宮さんは「こういう人たちがいるんですね‥‥」と、眼の前の録音ルームで展開する未知の世界に絶句していた。


 ここはマチルダの悪女ぶりが冴え渡る場面だ。悪女といえば、あの陰湿な、小さな毒蛇のような拳銃が出てこなければならない。銃器担当の遊佐君は「ああ、それはデリンジャーです」とあっさり用意してくれた。マチルダの撃ち方は目線上に銃口を構えない、まさに古典的な懐からスッと抜く「腰だめ」風の撃ち方だったが、中原翔子はあっさりやってのけた。

 

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