10.一杯のかけそば_ソドムの市早わかり2_映画: 高橋洋の『ソドムの市』 | CineBunch

10.一杯のかけそば

 
 日本中を感動の渦に巻き込みながら、映画にしたら誰も来なかったというこの裏切りの装置を、私は何とかしたかった。別に私はあの映画の関係者ではないのだが‥‥。


 登場するのは植岡喜晴一家だ。植岡喜晴といえば『夢で逢いましょう』や『精霊のささやき』で知られる恐ろしい人物だ。今や「映画美学校の魔人」と呼ばれ、映画監督とはここまで途方もないのかと人々を唖然とさせながら最後は尊敬するしかなくなるという、もの凄い教育をしている人だ。しかも一目見たら忘れられない風貌から、完全に美学校スター・システムの一員でもある。


 思わず一家と書いてしまったが、奥さんは別の人だ。植岡家では奥さんが一番忙しいらしいのだ‥‥。で、代わりに奥さん役を演じてくれたのは、エロス番長で『ともしび』を撮った吉田良子だ。吉田はどういうわけか私に会うたびに「高橋さん、ハウー」とインディアン式の挨拶をするので、いったい何なんだと聞いたら「『ソドム』に出演したいんで、アピールしてるんです。ハウー」と言うから出て貰った。何で「ハウー」がアピールだったのかよく判らない。しかし確かに彼女はインディアンに見える‥‥。


 私は子供を演出する自信がまったくない。その点、塩田明彦は偉大だ‥‥。にもかかわらず、何で子供を出したかというと、植岡一家なら何とかなると漠然と思っていたからだ。しかし奥さんから「ウチは大部屋じゃないんで」と釘を刺された通り、やってきたのは紛れもない子供だった。私はあっさり演出を放棄し、シナリオとは違うことを始めた。それは明らかに教育上問題のある行為だったのだが、子供たちは嬉々としてやってくれた。とてもいい場面が撮れたが、子供たちは家に帰っても同じことをしているらしい‥‥。


 そば屋で三回も殺される女将を演じたのは、製作デスクの田中さんだ。彼女が予算打ち合わせなどで発する冷酷な声音がどう考えてもこの役にピッタリだとみんなが言うので、そういうことにした。彼女は合気道部出身で斬られるリアクションはなかなかのものだった。そもそも我々がチャンバラの稽古が出来たのも、彼女の大学の道場を貸して貰えたからだ。しかし私は恐ろしいことに気づいた。彼女の名前は深雪というのだ。それは植岡さんの奥さんの名前だ‥‥。やはりこの現場には何か邪悪な意志が憑いてたんだろうか。奥さんにはことごとく悪いことをしたような気がする。

 

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