06.死刑執行人もまた死す_ソドムの市早わかり2_映画: 高橋洋の『ソドムの市』 | CineBunch

06.死刑執行人もまた死す

『幽霊屋敷』
 ラングのこの名高い映画が引き合いに出されているのは、実は文字通りのことをやっているこの場面ではなく、「ベリヤの引き出し」の場面だ。ここでは、たぶんほとんど見た人がいない『マブゼ対スコットランドヤード』という、ラングが西ドイツ帰国後に復活したマブゼ・シリーズの1本の一番トンでもないエピソードをそのままやったのだ。私はこのエピソードが無性に好きだ。もともと死刑囚独房や聴聞僧が出てくる映画が好きだし、確か千葉真一の空手映画にも死刑囚独房から始まる素晴らしいオープニングがあった。『血を吸う宇宙 』のオープニングはこういう映画や『回転』のない交ぜだ‥‥。だがその中でもこのエピソードが突出して胸を打つのは、これがマブゼという存在の本質をものの見事に表しているからだ。つまり彼は国家というものを本当に根底的にバカにしている‥‥。これほどまでに愚弄したのはあとは『我が輩はカモである』ぐらいじゃないか。この辺は西山洋市に聞いてみたいところだが。つまりは、マブゼはそれ自身が一つの国家なのだ。この重要な概念を、マブゼはすでにサイレント版『ドクトル・マブゼ』で明らかにしているのだが、今、日本で出回っているビデオには入っていない。あの素晴らしいマブゼの伴奏曲も聞けない。


 看守を演じた斉藤英司は美学校スター・システムの重要な一員で、その一挙一動が巧まざる笑いを誘ってやまない、笑いの神様がついているとしか思えぬオーラの持ち主として知られ、浦井崇は一時期本気で彼を嫉妬していたという。そんな斉藤英司であったが、その後、自分主演で自分をトコトン善人に描くという普通の神経では撮れない映画を作り、以来、私はこの人が悪人にしか見えない。今回はそこを狙い、鉄格子越しの表情が、若山富三郎に似ればいいなと思いながら撮った。ああ、本当にこんな話ばっかりだ‥‥。そんなわけで、勝新・若山共演になったといえばいえる。

『幽霊屋敷』

   ソドムが犠牲者を催眠暗示にかけるクワッと見開いた黒目は、まあ『魔鬼雨』ということもあるにはあるが、その淵源はロシアの異端小説家アンドレーエフの短篇『ラザルス』なのである。ラザルスとは即ちラザロであって、つまりキリストの奇跡によるあの有名な甦生譚がモティーフになっている。ちなみに聖書外伝にはある恐ろしい話があって、死んでから三日目にラザロが甦生したということは、その三日間は彼は何処にいたんだ?という疑問を当然呼び起こす。言うまでもなくラザロは地獄にいたのだ。そこにはアダムの姿もあったという‥‥。そういう聖書がはらむダークサイドの想像力に触発されたに違いないこの『ラザルス』は、ある晩、墓場から甦り、ヨロヨロとわが家に帰り着いたラザルスが巻き起こす恐怖の騒動を描いているのだ。初めは生き返ったラザルスを喜んで取り囲んだ人々はやがて何とも知れぬ恐怖に支配され、一人また一人とラザルスから遠ざかってゆく。というのも、誰もが彼の眼を見たトタン、この世の一切の生の楽しみを根こそぎ奪われたようなに気持ちに押しつぶされるからだ。彼の眼の中には何が映っていたのか‥‥? 噂が噂を呼び、とうとうこの地上で何一つ恐れるモノはない皇帝がじきじきにラザルスを謁見し、その眼をひたと見つめるのだが、皇帝は生まれて初めて抗することの出来ぬ恐怖に支配され、思わず顔をそむけてラザルスの眼をくりぬくよう命じる。こうしてポッカリと空いた二つの穴でしかなくなった眼でラザルスは空を仰ぎながら、いつまでも荒野をさまよっていた‥‥。


 私はこの物語を、小学生のとき、旧友から誕生日のプレゼントで貰った『幽霊屋敷』という本で読んだのだ。まあ、つまり、その頃からそういう人と思われていたということだが‥‥。この『幽霊屋敷』という本が、岡本綺堂の名訳で知られる『世界怪談名作集』の子供版だったということは、随分後になって知るのだが、確か菊地秀行氏も少年時代にこの本に出会った衝撃をどこかで語っていた。リットン卿の表題作をはじめ、ホーソンの『ラパチーニの娘』とかビアスの『妖物』とか、実にこのアンソロジーは私にとって決定的だった。私は今もその旧友に感謝している。向こうは忘れていると思うが‥‥。


 話はやや逸れるが、私はこの本以来、ビアスの短篇も読みあさるようになった。そしてイーストウッドの映画に時々現れる霊的な気配に触れるにつけ、イーストウッドはビアスの短篇の影響を受けているに違いないと思えるのだ。


 まあ、それはともかくソドムの黒目だ。まだ『ソドム』のプロットが多分にマカロニ的だった頃、それは『殺しが静かにやってくる』のクラウス・キンスキー みたいな極悪人が支配している町で、人々はキンスキーを倒すために、後先考えずに最悪の殺し屋を呼んでしまう、それがソドムだったという設定なのだが、ここでソドムが圧倒的に強いのは、妖刀の力もあるが、重要なのは眼なのであった。というのも、ソドムがクワッと黒目を見開くと、相手は思わず十字を切ってしまい、そのスキに斬られてしまうからだ。あまりにもアホらしいアイデアだと人は思うかも知れないが、私は好きだ。しかし問題はクラウス・キンスキーがいないということだ。キンスキーさえいれば、あとは『眠狂四郎・人肌蜘蛛』のような世界を無理やりやればいいだけだ‥‥。


 で、黒目のアイデアだけ生き残ったのだが、じゃあ一体この眼をどうやって作るのか、『魔鬼雨』のような特殊メイクは時間がかかって到底無理だしと悩んでいたら、新谷尚之がもの凄く簡単な手法を思いついた。要するに切り抜いた黒目を眼窩の肉の中にはめ込むだけという恐ろしくシンプルな手を。そんなんでいいのかと初めはためらったが、新谷は眼の前で実演してくれた。本当にそれで十分なのであった。




新谷尚之、悪魔の笑い(撮影高橋)

新谷氏による補足

高橋さんの説明ではちょっと分かりづらいので。少し説明します。
ソドムの黒目、100円ショップで買ったピンポン玉の包装ケース(透明プラス チックの卵パックみたい)に黒スプレーをかけて、目の形に切り抜いてまぶた にはりつけてるのです。目は開けてません。僕も浦井君も、顔の掘りが深くて肉 厚なので、まぶたの上と下の肉を引っ張って「黒目」にかぶせると、目をつ ぶってるように見えるのです、とんち特撮ですね。予算100円。でもこれを発 明するまで目にコーヒーゼリーを入れてみたり(ちょっとしみた)... いろいろ実験しました。「ソドム」はこうしたとんち特撮でお安く製作されたのでした。

 



『夜半歌声・続集』より。
独房の場面はこの画を目指したが、全然似ていない。
それでいいのである。

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