この、まるでインド映画のように主人公が何人いてもおかしくない映画で、どう考えても主人公のはずがないのは市沢真吾演じる出前持ちであろう。本当に単なる出前持ちなのだから。にもかかわらず、このメインキャラ・ページに顔を出しているのは、黒沢清の『2001年映画と旅』以来、映画美学校スター・システムの中でも浦井崇や松村浩行と並ぶ主演俳優の地位を確立したからに違いない。彼は主演の器なのだ。私は実は彼主演で『アニータの首』という、青森県民から公金をだまし取って豪邸やらレストランを建てたラテン女を、青森県民を代表して(彼は青森出身なのだ)、イタコから電話で指令を受けながら、南米まで首を取りに行くというペキンパー・タッチの映画を考えたのだが(市沢には確実にラテンの風土と衣装が似合うと思うのだ。もちろんその辺でロケするだけだが)、美学校事務局に勤務する彼はあまりに忙しく、そのうち世間はアニータの事件を忘れた‥‥。
そんなわけで、彼には忙しい合間を縫ってワン・ポイント出演して貰ったのである。 もっとも彼はラストの大チャンバラにも出演しているのだが、あまりの強運続きの『ソドム』の現場で、ここまで運がいいということは何か恐ろしいことが起こる予兆に違いないという私の不安が的中し、チャンバラで転けた拍子に前歯を折った‥‥。唯一の深刻な怪我人であった。あるいは彼は『ソドム』の暗黒の気を一身に引き受けてくれたのかも知れない。
市沢真吾、ありがとう。