ソドム一味の悪逆非道の、確かにヒドイことをしているんだけどどこかその辺でロケしただけにしか見えないあの感じには、はるか遠く『レインボーマン』の記憶が呼び覚まされる。私(高橋)は「死ね死ね団」に完全に魅せられていた。ショッカーの怪人たちよりも、「死ね死ね団」が西アフリカから送り込んできた、ただパーティマスクを被っただけの怪人たちの方が何か切実で必死で見つめざるを得ないものがあり、私の心に深く刻印されたのだ。そうした「死ね死ね団」の悪役の中でもひときわ輝いていたのが(ミスターKは別格として)"悪の華"オルガであった。"悪の華"は悪の首魁の傍らに必ずいなければならない。それは作劇上の基本というよりは、民衆が憧れ求めてきたある絶対的な形であり、想像力はこのような形を得てはじめて噴出するのだ。
"悪の華"マチルダと中原翔子は私の中でほとんど同時に出現した。「刑事まつり」の一本、『ぱいぱん刑事』で罪人の男たちに蹴りを入れる彼女のフッと微笑んだ表情を見たときに(もちろん女優としての彼女を私は以前から知っていたのだが)、こんな表情ができる人こそが悪のヒロインを演じるべきなのだし、その名前はマチルダだとごく自然に思えたのだ。その微笑みとはいったいどういうものか、説明するのが実に厄介なのだが、それは決して残酷な歓びといったものを表現したのではなく、むしろもっと実直な、素朴といってもいい、無心さを表したものだった。このような素の心こそが民衆的な想像力を、憧れを体現する器なのだ。悪のヒロインとは悪の首魁の言いなりになる、あるいは騙された哀れな女であってはならない。悪を自分の意志で選び取った強さ、明晰さが不可欠なのであり、それを裏打ちするのは、悪の道しか選びようがなかった視野狭窄のドラマではなく、悪の可能性にも善の可能性にも等しく心を開けた素直さなのである。そのような心の持ち主が悪を選ぶからこそ、その選択は怖く、そして悲しいのだ。

このような理屈を、私は中原さんにはまったく説明せず、ただそこにいる中原さんを見るだけでまるで説明の必要を感じなかった。私が妄想の中にいた、ということもある。シナリオ執筆中に読み返した『ソドムの120日』や『悪徳の栄え』の中で、マチルダという名前ではないが、中原さんとしか思えない人物は盗賊団の首領のごとく暴れ回っていたし、それでもう十分であったのだ。まだその頃は、出演交渉すらしていなかったのだが。とにかく中原さんは現場にやってきてくれ、自主映画スタイルで作ると私が勝手に宣言してしまったこのメチャクチャな現場を無心に面白がってくれた、と思う。さしたるドラマがあるわけではない、むしろいたって抽象的なこのマチルダという役は演じ手として実にやりにくかったかも知れないが、しかし、中原昌也はマチルダを「その存在感のとらえ所のなさが素晴らしい」と評してくれた。そうだ、私は、キャラクターではないキャラクターを、いわば『鉄人28号』の登場人物のような存在を活劇の中に見出したかったのだ。それが「民衆的」ということの内実だ。それにしても何でマチルダという名前だったのだろう? 私ははじめ、『スペース・バンパイア』のマチルダ・メイに違いないと自分なりに納得させて、役名をマチルダ五月にしたのだが、いや、何かもっと深い起源があるような気がしてきた。誰もがそう呼びたくなる、民衆的な何かが‥‥。
中原さんの無心なる面白がり方は、直感的に『ソドム』の本質をつかんでくれていた。私も時として見失いがちになった本質を。まさにマチルダの円卓での小嶺麗奈と中原翔子の対決シーン、両女優が生み出した張りつめた空気に、私もキャメラの木暮もおお、これはひょっとして我々が撮っているのは「シネマ」なんじゃないかと、そのクオリティの高さに心動かされていた直後、マチルダの背後にヌッとソドムが現れた瞬間、私の視覚の中のファインダーは音を立てて割れた。「誰だ、こいつ?」「誰が連れてきたんだ?」本人には悪いが、そういう無責任きわまりない思いが一瞬よぎったことを告白せねばならない。私は大いにうろたえてしまった。そのことを帰りの車中で中原さんに打ち明けると、いや、その振幅のメチャクチャさが『ソドム』なんじゃないかと諭され、私は立ち直ったのである。
だが、ひょっとしたら‥‥、私の言う「無心」とは、中原さんの意に反するものであったかも知れない。それは演出する側と演じる側の間に宿命的に横たわる深い溝に関わることなのかも知れない。しかし私はここからしか語ることができないし、クライマックスの、あの超常現象を前にしたマチルダの素晴らしい表情には、『ぱいぱん刑事』の微笑みに似た無心さが現れ出ていたと思うのだ。超越的なものに触れたときに人間の表情に宿る真摯さといったものが。
 マチルダ五月 |
中原翔子(なかはら・しょうこ) 70年7月9日、熊本県生まれ。明治大学在学中にモデルとして活動。卒業後、93年に女優デビュー。以降、主に映画やオリジナルビデオで活躍。出演もさることながら"日本一OV(オリジナルビデオ)を観る女優"として、ビデオ誌でベストテン選考を7年間務めたり、コラムを連載するなど、活動は多岐に渡る。 代表作はOV『FULL METAL 極道』(97年・三池崇史監督)、映画『ビジターQ』(01年・三池崇史監督)、TV『怪談新耳袋〜庭〜』(03年・高橋洋監督)など多数。また、短編オムニバス映画『刑事まつり』シリーズでは、主演作『背徳美汁刑事』(03年・本田隆一監督)ほか7作品に出演した。2004年の出演作は映画『秘密の花園』(服部光則監督)、映画『TOKYO NOIR 〜BIRTHDAY〜』(熊澤尚人監督)、映画『地獄小僧』(安里麻里監督)、OV『DEATH』(池田敏春監督)など。 中原翔子公式サイト:www.showko.net |