「どんな役を演じるときも主演のつもりでやれ」。それが菅沼俊輔のモットーであるような気がする。明らかに間違ってるモットーだと思うのだが、彼が現場にいると、ジワジワとそんなプレッシャーを感じるのだ。ソドム一味の中でも菅沼俊輔は唯一下層プロレタリアートではない。それは明らかに洗練された服装を見ても明らかだろうし、ソドム一味がアジトで雑魚寝している場面では彼だけが寝袋に入っているという細かい演出をしているのだが暗すぎて見えないのだった。
新谷尚之と菅沼のキャラクターを話し合ったとき、おそらく彼だけは、他の食い詰め者がソドムに拾われたのとは違って、ヒマ人の若者が何か面白そうだからフラフラと仲間になってしまったのだろうという解釈になった。安里麻里は明らかに階級の違うこの男に、敵意のガンを飛ばす細かい芝居をしている。故に菅沼はソドム一味の中で最も悲劇的な最期を遂げ、一味が最も幸せを感じた瞬間にその場に一人だけいない。あまりにも可哀想である。だがその悲劇性こそが菅沼俊輔なのであった。
美学校スター・システムの中でも数少ない美形キャラである菅沼俊輔は『バレンシファーレ、最後の恋人』で、堂々の主役である。悲劇へと突っ走る彼の最後のキレ方はなかなかの見物である。